text by charlie
2012年7月26日 午前中で仕事を終えて東京直行便に乗る。国内線第1ターミナルから国際線への移動は、2枚入りのボードケースを持ってても、なんとか無料バスで移動できた。しかし、混んでるときにはヒンシュクかも・・・。
わずかに遅れてきたJINJINと暇を持て余して新橋へ。すしざんまいでお夕食、そして銀座でキューバンレッスンを見学。国際線に戻ると四国から参加のJINさんと合流。日焼け止めやアダプタを買い足しておく。長蛇の列を横目にエグゼクティブクラスのJINさんに相乗り。ラウンジで少しまったりして搭乗口へ。
搭乗口は夏休みのせいか子供連れでごった返している。群衆に飲み込まれ搭乗。JINJINと二人、隣同士でロングフライトへ。と言っても7時間20分なのだが。明日に備えてドーピングで強制的に眠る。
7月27日 朝のデンパサール空港に着陸。久々のバリだ!入国に25ドルもいったんだっけ?高いな。イミグレ通過し、荷物も無事届き、税関抜けて外へ。
しかし、宿からの迎えは来ていない。JINさんの頼んでおいたガイドさんは来ていた。YUDIとクンちゃんだ。
観光客がすべていなくなっても迎えは来ず、少々ブチ切れ気味
待ってられないので、YUDI達と直接クラマスに向かう。空港から結構遠い。1時間近くかかったはずだ。クラマスの入り口は言われないと気づかない程度の看板から横道に入る。でこぼこの悪路で田んぼの中だ。すぐに海岸線からブレイクが見えだし期待が高まる。10時頃だったはずだが、風はまだ入っておらず面はまぁまぁ。人も数人といった程度。
ここで、もともと頼んでいたガイドのコミン到着。挨拶をかわし、フォトグラファーの説明を受け、いよいよ入水。
見た目には簡単そうに見えた波だが、いざ入ると結構でかくて難しい。しかも、どこで割れるかがわからない。人も少ないのでコミンが盛んにメインピークから行かせようとする。テイクオフがいけてないので、見かねたコミンが足を押してくれる。恥ずかしいからやめてくれって感じだし、自分のタイミングと異なるところで波に乗ってしまうので、かなり戸惑った。いざ、自分でやるとかなり苦戦するのも事実であった。3人とも押されまくってしまった。YUDIは腰が悪いので留守番。クンちゃんがサポートしてくれる。
しかし、最初のセッションでインサイドで巻かれ、右側のフィンがポッキリ折れた。速攻上陸して板を替えて入水。しかし、この波で6'4"は衰えたcharlieにはきつかった。それでも何本か乗っていく。
rider:charlie
この大きさでこの解像度が得られるとは感激
rider:JINJIN
疲れた頃に風が入りだし撤退。目の前のワルンでミーゴレンとコーラ。やっと一息である。
この後、みんなでKeramas Surf Resortなるものを探すのだが、滅茶苦茶時間がかかった。だって、名前が異なるんだもの。国道沿いにKeramas Surf Resortの看板は見つけたが、矢印通りに行くとNomadsurfersという宿に着いてしまうのだ。何度かの試行錯誤の後、NomadsurfersとKeramas Surf Resortが同じ宿である結論にたどり着いた。宿の看板はNomadsurfersでKeramas Surf Resortの文字は一切ない。おいおい勘弁してくれよって感じである。かなり疲れる作業だった。
チェックインしてすぐにクタへ向かう。コミンの提案でエアポートレフトへ。クタサイドは水が冷たく、情報通りちょっと寒かった。charlie的にはラッシュで問題なし。
エアポートレフトはセットダブル近かったが、面は綺麗でそそる感じだった。しかし、インサイドの流れがピーク方面に向かっていて、食らってばかりいたら、コミンが見かねて、クタリーフへ移動。ボチボチサーフィンを楽しむこととなった。オフショアで飛沫が舞い上がるのと、波待ちで夕日に対峙するため、目が真っ赤になってしまった。
腹ペコでセッション終了。今日のお礼をコミンに告げて、残りのメンツでリップカールでお買いものした後、サヌールで晩飯。超腹へり軍団だったので、ビンタンもあっという間に空瓶が増えていき、たくさんオーダーした飯も完食となった。
楽しい夕食
わざわざ遠いsabaまで送っていただきYUDI達には感謝である。翌日の約束をして別れた後、宿で軽くビンタンセッション。しかし、朝着いて2ラウンドこなしてへとへとなおじいちゃん達は速攻で撃沈してしまったのだった。
7月28日 5時半起床、真っ暗だ。ゆるゆると用意していると、6時きっちりYUDI達が迎えにくる。明るくなってきた田んぼ道を通って、朝一クラマスへ。風もなく面は相当綺麗。コミンももう一人のゲストを連れて来ていた。最大で頭半〜ダブルあるか・・・。ファーストピークはエキスパート達に占領されていたし、ウォーターショットのフォトグラファーがインサイドにいたので迷いなく第2ピークへ。
今日もコミンとクンちゃんに助けられつつ、なんとか波乗りを続けられたオジィちゃん達であった。
rider:charlie
rider:JINJIN インドネシアの雰囲気がバッチリ
rider:charlie
rider:JINJIN
ヘロヘロながら、なんとか使える絵は残った感じ。このセッションがピークとJINさんと一致していただけに、力は入りました。まだ入国24時間経ってないんですけど・・・。9時ごろには風が入り始め一気に面が悪くなり終了。24時間でクタクタに燃え尽きる感じだった。
もういい加減にゆっくりしましょうってことで、宿にもどりまったりすることにした。
やっと、宿の飯にありつく。滅茶苦茶腹減ってるって言ったらしく、食べきれないくらいトーストが出て来ていた。ベーコンとオムレツの定番朝飯で超満足。あとはプールサイドでまったり。
危ない海坊主
JINさんはウブドゥに絵を買い付けに行ってたが、charlie&JINJINはそのまま昼下がりまでまったりし続けた。やっと落ち着いた感じである。珍しくプールサイドでゴロゴロ。こじんまりした宿なので、プールも貸切。本当にのんびりまったり。
夕刻サーフに向けて3時スタート。4時にはエアポートレフトへ向かう船の上。コミンは先に入ってるらしい。昨日よりサイズダウンしたエアポートレフトは頭半面ツル。しかし混んでいる。入水した途端、コミン命令でクタリーフに。まさにのんびりまったりレフトで、気合の抜けた波乗りで二日目終了。ガイドをお願いするのもこれで最後だ。
みんなで記念撮影
コミンにお礼を言って精算をすませ、本日の晩飯は中華を選択。昨日ほどは空腹というわけではないので、ちょっと余りが出るほどだった。そのかわりビンタンは十分にいただく。夜も更け始め、ちょうどいい塩梅で帰路に着く。あとは帰って爆睡して、明朝の朝一セッションを楽しむだけだと、クンちゃんの運転するワンボックスで睡魔に襲われ始めたときに、その衝撃を僕らを襲った!!!
カマ掘ったヤツと掘られた僕ら
一瞬なにが起こったかわからなかった。突然の大衝撃。しかもカマ掘られた僕らは、さらに前の車に衝突。衝撃が続いてやってきた。YUDIやクンちゃん達は早速、車から降りていろいろさばくっている。後頭部に板の直撃を受けたJINさんとcharlieはなかなか動き出すことができない。ヘッドレストがなかった割にはJINJINは一足早く動き出していた。charlie的には頭痛がひどく、脳震盪のようであった。しばらくして、みな車から降りたときには、幹線道路をふさいだ僕らのせいで大渋滞となっており、野次馬百万人になっていた。
結局30万ルピーかけて、taksiでなんとか帰還。色々あったが命があってよかったとそれぞれに納得。っていうか、いろいろありすぎだ!!まだ30時間ちょっとしか経ってないぞ!!
頭は痛いが、興奮してすぐに眠れないので、一杯だけスコッチを頂いてみる。こんな状態じゃ、明日のサーフィンは無理だねと、生きていることに感謝しつつ談笑タイム。しかし、疲れはやっぱりMAXで、ベッドに入ると秒殺で眠ってしまったようだった。
夜中に物音がしていたが、YUDI達が事故処理を終え、板を運んできてくれていたようだった。本当にありがとう。
7月29日 二日目 なぜかやっぱり5時半に目覚めてしまう。頭痛も気にならないほどに復活。二人を起こして、朝一セッションに参加することを決める。宿のスタッフがポイントまで連れて行ってくれる。クラマスはさらにサイズダウンしているが、人は増えそうな雰囲気ってことで、初めてのチュチュカンというポイントへ。
クラマスより小さいが、それでもセットは頭くらい。人も少なく、いい感じ。ピークから乗ればチューブもいける。しばらくするとJINJINが板を流しているのが見えた。リーシュ切れかと思ったら、マジックテープが外れたらしかった。あり得ない感じでJINJIN終了。残った僕らも何本か乗って終了。最終日だし、こんなもんかな。って、まだ48時間経ってないですけど・・・。
宿に戻り、ブランチ。オムレツ朝食とナシゴレン同時に食い倒して腹割れそうになった3人だった。そのうちに、フォトグラファーがやってきてそれぞれの写真を焼いて渡してくれた。3人二日間で4万5千円というが、結局は3万5千円で落ち着いた。高いが価値はあるし、また依頼したいところである。
11時半には宿を出発。空港でのチェックインもあっという間にパス。ちなみに、エグゼクティブクラスへのアップグレードがいくらか聞いたら、14万円って言われた。あり得ん!!
出国もスムーズに終わり、余った時間をビンタンタイムとした。機材遅れのために1時間遅れで出発した機内では、阿部寛主演の映画を見て、3人とも時間差で号泣してオジィちゃんぶりを発揮してしまったようだった。
結局、羽田到着時は交通機関タクシーしか残ってなかった。charlieはそのまま国際線に板を預けて、タクシーでエクセルホテルへ。
7月30日 朝一、連絡バスで国際線に戻り板をとって、再び連絡バスで国内線へ戻り、鹿児島乗継で昼前には奄美に到着。まさに怒涛の弾丸トリップだったが、意外とこのパターンは全力燃え尽きパターンで、体にも優しいオジィちゃん向けトリップと妙に納得させられた。
rider:charlie
今回の旅では、衰えを強烈に感じさせられたが、逆にまだやれる希望も見いだせた。
引退までに、もう少し精進しましょうね>JINJIN